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コピーライターの生き方と小津安二郎

佐藤 康生の「伝えるということ」

今日の書き手佐藤 康生

 

安宅さんのブログを読んで、若い頃にTシャツ屋をやろうとしたときのことを思い出した。

 

ただやりたいことをやろうとするのが本当に幸せか? - ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Being between Neuroscience and Marketing

 

若いといっても30代半ば、コピーライターという仕事をはじめて10年と少し。

 

ちょうど下の娘が生まれたばかりだった。

 

『ゼロからできる店舗経営』だったか『自分の店を持とう』だったか。

 

そのようなノウハウ本を買って読み、知識を身に付けたかのような気になって、店を探し、Tシャツのデザインを考え、開業資金をかき集めた。

 

格好良いモノさえこさえれば、絶対売れる。

 

売れ過ぎて店に行列ができたらどうしようなどと、バカモノは自信満々にそんなことまで考えていたのだ。

 

店を決め、手付金を払い、内装を考え、Tシャツを注文しようとしたとき、はっと思った。

 

ほんとうに売れるのか、と。

 

私は開店予定の店の前に立ち、午後の時間を使って通る人を数えた。

 

その日は平日であったが、通ったのはたった10人かそこらだった。

 

そこで、目が覚めた。

 

いまから考えると、そのときの私はコピーライターという仕事に行き詰まりを感じていて、どうにかして逃げようとしていたのだと思う。

 

仕事に対する覚悟も、中途半端だったに違いない。

 

映画監督の小津安二郎は、生前言っていた。

 

「おれは豆腐屋だ。がんもどきや油揚げは作るが、西洋料理は作らないよ」

 

いまの私はやはりこうした生き方が良いと感じる。

 

おそらくはじめから楽しい仕事などないし、なにもかもが充たされた夢のような仕事などないのだ。

 

仕事における楽しさとは、大変さやしんどさを自ら体験しながら、しかし、その向こうに海のような深さや空のような広さがじつはあるってことに気付いたときに、はじめて実感できるものなのだろう。

 

そして、それを見つけられるかどうかは自分次第であり、すべての仕事は小津の言う豆腐屋なのだともいえる。

 

Written by :佐藤 康生

 

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ぼくだったら、そこは、うなずかない。

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