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本のあった風景1 - 雪の底とジュール・ヴェルヌ -

佐藤 康生の「伝えるということ」

今日の書き手:佐藤 康生

 

初めて読んだ小説を憶えているだろうか。

 

ぼくは憶えている。

 

ジュール・ヴェルヌという

フランス人が書いた『海底二万里』という本だ。

 

ぼくはその本を父親の本棚で見つけた。

 

小学校4年生のときだ。 

 

子どもには、

無性に親のことを知りたくなる年齢が

あるように思うのだけれど、

ぼくにとってはこの時分が

ちょうどそのような頃合いで、

興味の対象が父親の本棚だったのだろう。

 

農学校を出て、

林野庁の地域職員となった父親の

さして大きくない本棚は、

農業史や農作法、樹木図鑑といった

仕事関係の本で埋まっていた。

 

その中で唯一あった小説が

ヴェルヌの『海底二万里』だった。

 

擦り切れた茶色の背表紙に、

書名がかすれてあった。

 

抜き出して、

ぱらぱらと頁をめくると

銅版画の挿絵が目に入った。

 

のこぎりのような奇妙な形をした船が

巨大なタコに巻きつかれている。

 

好奇心という洞窟が

おいでおいでをしていた。

 

季節は冬の最中にあり、

ぼくら小学生は冬休み。

 

家の外では雪が降っていた。

 

ぼくの故郷は、

新潟の妻有というところにある。

 

教科書にも載るほどの豪雪地帯で、

ひどいときには一晩で

子どもの背丈ほども降る。

 

窓から見える豪雪の様は、

まるで白い狼が群れをなして

襲ってくるかのようだった。

 

その日も、たしかそのような天候だった。

 

海底二万里』は、あっという間に

10歳の子どもをわしづかみにして、

小説の世界に引きずり込んだ。

 

挿絵に書かれていた船は、

ノーチラス号という潜水艦で、

それを操る謎めいた艦長は

ネモという名前だった。

物語の語り手であるアロナックス博士は、

フランス人の海洋生物学者。

助手のコンセイユ、

銛打ちの名人ネッド・ランド。

 

その夜ずっと旅を続けることになる

登場人物たち。

 

優れた小説だけが持つ時間喪失力。

 

布団の中で

彼らとの長い旅を終えたとき、

時刻は午前3時を回っていた。

 

家族はとうに眠りにつき、

部屋は静まり返っていた。

 

雪だけがただこんこんと降り続いていた。

 

痺れた両腕をゆっくり伸ばすと、

仰向けになって息を吐いた。

 

息は白いかたちを一瞬だけ見せて、

すぐに消える。

 

まだ海の底にあったぼくの心に、

少しずつ少しずつ眠りが迫ってくる。

 

やがて海の底は、

雪に覆われた夜の底とひとつになった。

 

眠りに落ちる間際、

父の書棚になぜその本が

置かれていたのかが、

わかったような気がした。

 

Written by :佐藤 康生

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