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悲しい言葉。

佐藤 康生の「伝えるということ」

今日の書き手:佐藤 康生(ぼくら社取締役)

 

しばらく前のことになりますが、

仕事を1つ失いました。

失う、などと書いてしまいましたが、

要するに「あなたはもうここまでよ」と宣告され、

仕事を降ろされたということです。

 

こうしたケースは

数年に一度くらいの割合で起こってきましたが、

諸事情が絡み合っている場合がほとんどでした。 

 

しかしながら、今回の場合は

100%自分に非があり、

そしてこれは誰にも起こりうること

かもしれないと思ったので、

自分への反省と自戒の意味も込めて

このブログに書いてみることにしました。

 

その仕事は、Nさんという人から

お誘いを受けたものでした。

Nさんとは以前より面識はあったものの

仕事をいただくのは初めてのこと。

しばらく前からぼくのfacebook

そこで紹介した仕事や書き込んだ文章などを

読んでくださっていたようです。その上で、

「こんなプロジェクトがあるのですが、一緒にやりませんか」

と声を掛けていただいたという、

コピーライターとしてはとても嬉しい依頼でした。

 

Nさんのオフィスへ打ち合わせに出かけ、

クリエイティブ・ディレクターに紹介していただき、

みんなで一緒にお酒を飲み、

クライアントのオリエンテーションに出かけました。

なんとなく気心が知れ、

プロジェクトの雰囲気がつかめたところで、

「では、○日後にそれぞれのアイデアを持ち寄りましょう」

ということになりました。

 

初めての人との仕事は普段以上に緊張しますが、

なんとか期待に応えたいと思うものです。

 

しかしながら、ぼくは、そのとき、

たくさんの案件が重なっていてとても忙しかった。

そんな中でNさんからの仕事は

打ち合わせまでに少し時間があったので、

資料だけ読んで手をつけないままでした。

「アイデアをあたためて寝かせていた」と

言えば聞こえはいいのですが、

完全な先延ばし状態です。

 

そうこうするうちに

打ち合わせの日が迫ってきました。

前日、ぼくはいつもそうするように

使用済みのコピー用紙の裏面に

思いついたことをガーッと書いていきました。

思考の断片、そこから連鎖する言葉、

へんてこりんな図、叫び声のようなもの。

ごちゃ混ぜになった中から

浮かび上がってくるイメージを待ち、

それらを蛙の卵のようにつなげていきます。

 

このときも、いくつかの

イメージが浮かんできました。

その中から、うん、これはいいかも。

というコンセプトが見えてきました。

書いてみると、言葉に手ごたえがある。

 

よし、明日はこれでいこう。

ぼくは思いました。

 

そのとき、殴り書いた言葉をWordに落として

プリントアウトしておけばよかった。

そうしたら仕事を失うことも

なかったかもしれません。

 

しかし、その日のぼくは、

そこでガソリンが尽きてしまったのです。

いや、最後の数滴を絞り出せなかったと

言った方がいいかもしれません。

 

打ち合わせの当日は、

Nさんとの打ち合わせの前に、

別の打ち合わせが2件入っていました。

午前中に1本、お昼からもう1本、

いずれも定例会のようなもので

通常1時間もあれば終わる内容でした。

 

Nさんの案件は、

2本目の打ち合わせが終わったあとに、

ゆっくりまとめようと思っていたのです。

 

ところが、その日に限って

2本目の打ち合わせが長引きました。

新しい課題が持ち上がり、

3時間余りのロングミーティングになったのです。

結局、Nさんとの打ち合わせは、

約束時間を守るのが精一杯になってしまいました。

 

ぼくは開き直りました。

 

なーに、今日は初回の打ち合わせだし、

イデアは口頭でいいだろう。

イデア自体は面白いと思ってもらえるはずだし、

なんとかなるだろうと。

 

打ち合わせでは、

クリエイティブ・ディレクターを含めた3人で

順番にアイデアを出していくことになりました。

最初が、Nさんでした。

「こんなふうに考えてみたらどうかと思ったんですけど」

そう言ってシートを広げました。

 

あっ、

 

ぼくは思わず声を上げそうになりました。

そこには、ぼくが考えていたコンセプトと

まったく同じことが、

同じ言葉で書かれていたからです。

 

「Nさん、ぼくも同じことを考えていたんです」

と言えたら、どんなによかったでしょう。

が、もちろん言えません。

ぼくの手元にはあったのは、

ぼくにしかわからない裏にグチャグチャと

書き殴ったコピー用紙だけなのですから。

 

「ほら、見てください。ここに」

と言える図太さがあればいいんでしょうが、

なんだかそういうところだけは

妙なプライドがあってできなかったなぁ。

 

「面白い!いいね、これ」

Nさんのアイデアに、

クリエイティブ・ディレクターも乗って、

話は一気に具体化していきました。

 

ひとしきり盛り上がって、

一旦潮が引いたあと、

Nさんがぼくの方を向いて言いました。

 

「佐藤さんは、なにかあります?」

 

「いえ、ぼくは、今日はいいです」

 

結局、その日のぼくは、

うなずいているばかりで

なんの価値もないノーアイデアマンでした。

 

その後も、小さなアイデア

コピーは出せたものの、

ほぼ全部が後手、後手。

プロジェクトに追いかけられるだけで、

ついに追いかけることはできなかった。

そして、とうとう切られる日が

やってきたというわけです。

 

でも、じつは、とっくに勝負はついていたんです。

あの打ち合わせの、前日に。いやもっと前に。

 

最後に電話の向こうで、Nさんは言いました。

「佐藤さん、ぼくはあのとき待っていたんですよ。

佐藤さんの言葉を。

だからね、すごくがっかりしたんです」

 

がっかりしました。

 

それは、悲しい言葉です。

相手に言わせてはならない言葉です。

 

忙しいは、心を亡くすとはよく言いますが、

心を亡くすと仕事も亡くします。

そして、ほとんどの場合、

その仕事は二度と戻ってきてはくれません。

 

Written by :佐藤 康生

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