読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「家事をすること」と「金を稼ぐこと」は、本質的に等価ではないか?

今日の書き手:古越 幸太(ぼくら社副社長)

 

このブログを読みました。


女性がゴハンを作らない話をすると嫌がる男性 - ハート♥剛毛系

最近、パートナー氏の仕事が一段落して炊事当番から解放されました。私はたかだか1週間くらいであっという間に炊事の手順を思い出し、あれやこれや、普段パートナーが作ら...

 

世の中にはいろんな種類の生きづらさがありますが、顕著なものの一つは、家事と労働におけるコスト配分の価値観の違いではないでしょうか。

 

近ごろでいえばブラック企業の問題から産後クライシスの問題まで、その根幹にあるのもこの価値観の違いではないかと思うほどです。 

 

ブログの中でこんな言葉が挙げられていました。

おそらく彼の結婚観は「男が稼いで、女は家を守る」なんだと思います。それに疑いがなく、それが彼の理想なのはいいんですけど、それを押し付けられてもな…と思います。

 

炊事を代わって、家事全般やっていたので「最近ゴハン作ってて、あっという間に手順とか思い出しちゃったよ…」と今後もこのままだとイヤだなあというニュアンスで話していたら「いいじゃん! 何がイヤなの? それ普通だから」みたいなことを言われました。

 

男性が仕事をして食い扶持を稼ぎ、女性がそれをもって家庭を守るという価値観は強く日常に根ざしています。

 

内閣府のこんな調査結果にも一端が現れます。

f:id:bokurasha:20140326114145g:plain

第1-3-5図 6歳未満児のいる夫の家事・育児関連時間(1日当たり) | 内閣府男女共同参画局

 

事実を有り体に言えば、男女の意識の違いになるのかもしれません。ですが、ことはそう単純ではないと思います。

 

むしろ言葉の根っこにあるものは、家事≠労働、金銭獲得=労働という価値観の存在ではないでしょうか。

 

・労働とは金銭を得ることである

・労働を効率的に集約した組織が企業である

 

もしこの2点をもって労働と企業の意義を突き詰めた場合、金銭を得ること以外の労働はその価値を認めづらいものです。

 

ところで僕は一人暮らしですが、普段の食事は外食で済ませています。掃除も、洗濯も週に一回で済ませています。

 

ですが、できることなら一日三食自炊をしたいなと思っています。

 

もともと胃腸が弱いので多少時間はかかっても自炊をした方が、結果として仕事の時間を気持ちよく過ごせるような気がします。お弁当なんかも職場に持って行きたいものです。

 

それに、毎日着るシャツにもアイロンをかけて、襟と袖がパリっとしているとなおいっそう気持ちよく仕事ができるかもしれません。

 

これを実現しようとすると、結局日に1〜2時間は家事の時間を取らないといけません。

 

体力的にも精神的にも、そのほとんどを仕事にフォーカスしている現状では、時間の捻出はちょっと難しそうです。

 

なので、土日だけは家でご飯をつくるようにして、残りの家事も土日にまとめて済ませてしまって・・・

 

と、一人で考える分にはどのように時間を配分して、どんな結果を求めるかの判断なのでそれほど難しくはありません。

 

しかし、これが夫婦や家族となっていくと、ことは簡単ではなさそうです。

 

部屋が広くなって掃除をする場所が増えます。

 

作る料理のボリュームが増えてバランスも大事になります。

 

食器が増えて洗い物も増えます。ついでに洗濯物も増えます。

 

一つひとつを見れば大したことはありませんが、家事は呆れるくらいにチリツモにして減点主義的なタスクです。

 

過ごしやすい自宅、過ごしやすい環境を維持することは、なかなかどうして単純ではありません。

 

これらを労働と定義できていれば、夫婦間や家族間で揉めることも減るのでしょう。

 

しかし、労働=金銭を得るものという価値観に基づいた話し合いでは、これほどセンシティブな問題もありません。

 

なにせきれいな自宅も、栄養の整った食事も、本来(暮らしというクオリティの担保において)なければいけないものなのに、そこにかかる工数が算出されていないからです。

 

この工数を鑑みずに、見えないタスクとして一方にそれを押し付けたら。更に、押し付けている事実にすら気づかずに日々を過ごしていたら。

 

それは一方にとって、ひどくストレスの溜まる日々でしょう。

 

企業で例えれば案件をとってくる営業が絶対で、それ以外のさまざまな雑務をサポートしている人がいても、そこにかかる労働は最低コストであるという考え方。

 

気づかいや配慮、先回りに優れた一人の営業事務の存在が、各営業担当の効率を1.2倍に拡大しているとしたら。

 

売上獲得の一翼は彼・彼女の存在に他なりませんが、そこに支払う対価は新入社員に毛が生えた程度であることも珍しくありません。

 

そろそろ私たちは世代・性別を問わず暮らしやすく生きるためにも、家事や身の回りの雑務という労働のコストを認識して、それを支払わないといけないのではないでしょうか。

 

過度な残業も、必要以上に要求される企業への忠誠心も、元をたどると家事≠労働、金銭獲得=労働という価値観から根ざしているように思います。

 

家事という労働コストを、誰が支払っているのか。それは適切に支払われているのか。

 

そんな意識を持つことが、生きづらさの根底を漂う価値観を変えるための最初の一歩なのだと思います。

 

労働とは対価を得るために行う手段で、その一つが金銭であり、暮らしやすさという対価を得るために自身の手を動かす手段もまた労働です。

 

家事をすることも、金銭を得ることも、幸せに生きるために必要なコストであり本質的には等価である。

 

そう考える人が増えれば、目に見えない労働コストを一方的に支払い苦しむ人も減るのでは?

 

なんて、いかがなものでしょうか。

 

Written by :古越 幸太

"古越 幸太の「ひきこも語り」" -記事一覧

 

家事の代表格料理、食べることに目を向けたこの一冊!

ケンカしたあとは、 立ちソバがいいってほんと? TOKYOとPARISを拠点に、 カメラマン、エディター、アーティストと 食にかかわる多彩な活動で 注目を集めるMIHOさんの初めての著書。 食べることは、生きること。 食べることを変えたら、人生がもっと楽しくなったり、 世界が今日とは違ったふうに見えてくる。 そんなフードデザインの考え方から発想された MIHOさんのユニークなものの見方、考え方を紹介します。

リンゴを半分に切るだけで、あなたの人生は変わる。