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自分らしさを見つける方法

今日の書き手:古越 幸太(ぼくら社副社長)

 

ライフスタイルとしての引きこもりが定着して幾年。

 

とはいえ、さすがに仕事をしないと快適に引きこもることもままなりませんので、平日は一生懸命働いています。

 

引きこもりは休日だけの楽しみです。

 

いつもの通りベッドでだらりと横になりながら、スマートフォンでストックしたブログ巡りを楽しんでいたのですが、こんな記事を見かけました。

 

笑えるようになった - 灰色ハイジの観察日記

数年ぶりに会った友人に「ハイジさんてこんなに笑う人だったっけ?」と言われたことがある。というのをこの増田を見て思い出した。海外ドラマばっか見てたらコミュ障が治っ...

 

数年ぶりにあった友人に、「あなたそんなに笑う人だったっけ?」と尋ねられた話です。

 

タイトルに元ひきこもりとあり、つい共感してしまいました。

 

僕も過去の知人に会った時に、表情に自信が出てるねとか、よく話すようになったねなどと言われて驚いたことがあります。

 

なにぶん根が引きこもりなので、人生とか仕事とか対人関係に悩むと、とかく部屋にこもって壁に向かってうんうんと考えて答えを出そうとしていました。

 

もちろんそうやって解を出せる問題もあるのですが、こと自分ってなんだろう?ということについては、なかなか一人悩んでも答えが出せないものです。

 

記事でこのように触れられていました。

笑える話をときおりみんな仕込んでくるため、ミーティングではとにかくみんな笑っている。こんな環境にいるとどうなるかというと、私も笑わざるを得ない訳である。

 

考えない人は全く考えないのでしょうが、自分らしさってなんだろう?ということは一部の人にとっては切実な問題であったりもします。

 

僕も同じように考えてきた一人であるわけですが、さすがに10年近い社会人生活で、必要以上にたくさんの会社を渡り歩いて分かったことがあります。

 

たくさん笑う人たちと一緒にいると、意外と自分も笑えるんだなということ。

 

時々、人を笑わせてみたいと思うこと。

 

いつも怒っている人たちと一緒にいると、怒るという行為自体が自分は嫌いなんだなということ。

 

文字にすると本当になんでもないことこの上ないのですが、他人を通すことで始めて自分というものの輪郭がはっきりしてきます。

 

自分らしさとは文字通り自分の中にあるもので、考えた先に浮かび上がるものだと思っていたのですが、どうやら人を通すことで見えるものがあるようです。

 

そう気付いてからは、さすがに24時間365日引きこもるスタンスではなく、自分にできる範囲できちんと周りとコミュニケーションを取ろうと思いました。

 

もう一つ、らしさという言葉の危うさも感じるようになりました。

 

自分らしさのらしさとはあくまで客体であり、誰かから見た僕も、僕から見た僕も、そこには視点というフィルターが介されているということです。

 

自分らしさというものは、誰か、あるいは自らの目線を通じた像でしかありません。

 

そうすると、自分らしさを掴まえるにはなるべく多様な人と、無理のない範囲で触れ合うことが必要になります。

 

そうして視点のフィルターが多彩になり、より自分らしさという像がくっきりしてきます。

 

内にこもってばかりいると、この像を浮かび上がらせる作業がとても曖昧なものになってしまうわけですね。

 

像がはっきりすると、自分はどんな自分が好きなのか。どんな人たちと一緒にいると、そんな好きな自分でいられるのかが少しずつ分かってきます。

 

周りにいる人たちが、より自分らしさを確固としたものにしてくれます。

 

自然と苦手な人は遠ざかっていき、自分に合わない人と無理に付き合う必要性も感じなくなります。

 

膝を抱えて悩むものではなく、いま周りにいる人たちと誠実に付き合っていくことでかたちどられるもの。

 

それが、自分らしさなのかもしれないですね。

 

Written by :古越 幸太

"古越 幸太の「ひきこも語り」" -記事一覧

 

自分らしさをつくる、ぼくら社の本

テレビを見ては、うんうん。ビジネス書を読んでは、そうそう。

社長や上司の言うことを聞いては、はいはい。

なんでもかんでも他人の考えや意見を鵜(う)呑みにし、ついうなずいてしまう。

 悩めるうなずき人間に贈る、考えて生きていくためのヒント。 

ぼくだったら、そこは、うなずかない。

ぼくだったら、そこは、うなずかない。